俺の一番嫌いな言葉が「努力」で二番目が「頑張る」なんだぜ~
それは、まあ、正しいと思われる。
努力なんか最初にするのはダメだ!
最初は頭を使うのだ。よく考えるのだ。
努力した、なんて何をしたのかわからない、やみくもにした、みたいなイメージがして嫌。かっこわるい。
努力なんかは、最後に、どうしようもなくなったときに、神頼みの手前にすること。
努力すれば、報われるそんな世界ではないのだ。
努力を免罪にしてはならない。
努力を延々と繰り返して、どうしようもなかった者をみたことはないのか?
努力、努力、努力、ああ、もう
絶望に終わりはない.自殺もそれを終わらせることはない.人が奮起して絶望を終わらせない限りは.
2007年7月25日付けの「FOX NEWS」に興味深い記事が掲載されています(
http://www.foxnews.com/story/0,2933,290610,00.html)。
44歳のフランス人男性が、左足に力が入らないという主訴(患者が医者に訴えるおもな症状)で病院を受診し、CTをとってみたところ、なんと彼には脳が
なかったのです(下の図1参照)。

<図1 男性の脳のCT>
脳がないにもかかわらず、彼はごく当たり前に生活していました。公務員として働き、結婚してふたりの子どもまでもうけています。
種明かしをすれば、実際には「脳がない」わけではありません。彼は「ダンディウォーカー症候群」というまれな疾患により水頭症(髄液が異常に貯留する病
気)を生じていて、そのため脳が紙のように薄くなっていたのです。
こういう報告は、この事例にかぎらず時々あるようで、たとえば「サイエンス」誌の1980年12月号には、同様の事例を検討したRoger
Lewin氏による「脳はほんとうに必要か?」なる論文が掲載されたりしています (Roger Lewin: Is Your Brain
Really Necessary?. Science, 210(12), pp. 1232 – 1234,1980.)。
前回もすこし述べましたが、「脳がすべて」とおっしゃる方には、私はこの画像をぜひお示ししたい。ハードウェアがこれほどダメージを受けていても、「人
間」というOSは繰りかえし起動するということ。この事実は、ちょっと感動的ですらあります。